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深圳市概略・情報ページ
「Shenzhen Antenna」 |
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中華人民共和国 広東省 の 副省級市 。 本来の漢音では深 圳 の 圳 の字を「シン」と読むが、字に含まれる川(セン)からの類推で、日本語ではこの都市を「しんせん」と呼ぶ。この字は中国でも深圳市以外の単語で使用されることがありません。 面積 2,020平方キロメートル 、人口約400万。 1980年 に設置された 経済特区 は市内の391.71平方キロメートルを占め、中国人でも入境許可が必要な地域である。中国では、 香港 (23,125ドル)・ マカオ に次いで所得が高く、 2003年 の一人当たり 国民所得 は136,071 人民元 (約16,430米ドル)である。
かつては 広東省 宝安県 の一小鎮(町)に過ぎなかったが、 香港 と接する地理的重要性から 1979年 省直轄市に昇格し、 鄧小平 の指示により 1980年 経済特区 に指定された。 1981年 副省級市 に昇格し、1988年省級経済管理を認められている。 2011年 には夏季 ユニバーシアード が開催予定。
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省級行政区 |
広東省 |
建市時期 |
1979年 1月23日 |
政府駐地 |
福田区 |
市長 |
許宗衝 |
面積
- 総面積
- 市区面積 |
- 2,020 km²(全国第19位)
395.81 km²(市区)
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人口
- 総人口
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- 約1,071万(2004年)
約597.55万(定住) |
GDP |
5813.56億人民元(2006年) |
郵便番号 |
518000 |
市外局番 |
0755 |
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2, 深圳の経済
経済特区に指定されて以来、莫大な外国投資を誘致し、 製造業が発達しているが、近年は情報通信産業やサービス業も急速に発展している。 2003年 の一人当たり国民所得は136,071人民元(約16,430米ドル)で中国最高の所得である。すでに輸出額では香港を抜き、 上海 に迫る。 1990年 には 深 圳 証券取引所 が設置され、 上海証券取引所 とともに外国人が投資できる株式(B株)を扱う。 香港 に比べると物価が安いため、香港住民は隣接の羅湖区へショッピングに訪れることが多い。ただ犯罪率が高いことでも知られる。
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3,深圳の観光地
歴史が浅く、国家主導のもと経済政策最優先で発展し
てきた深圳には観光地というものは多くないが、主な
ところとしては次のようなものがある。
→こちらをクリック |
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4,プロサッカーチーム
中国サッカーリーグの超級リーグに所属するチームが一チーム(深セン上清飲)ある。2003年中国超級リーグ優勝。2004年ACL(アジアクラブ選手権)ベスト4。
→深圳のプロサッカーについてはこちらをクリック |
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5,深セン市姉妹都市一覧
- ヒューストン ( アメリカ合衆国 テキサス州 ) 1986年3月11日
- ブレシア ( イタリア共和国 ロンバルディア州 ) 1991年11月12日
- ブリスベン ( オーストラリア連邦 クイーンズランド州 ) 1992年6月22日
- ポズナン ( ポーランド共和)1993年7月30日
- ヴィエンヌ県 ( フランス共和国 ) 1994年10月28日
- キングストン ( ジャマイカ ) 1995年3月5日
- ロメ ( トーゴ共和国 ) 1996年6月7日
- ニュルンベルク ( ドイツ ) 1997年5月27日
- ブラバン・ワロン州 ( ベルギー王国 ) 2003年10月12日
- つくば市 ( 日本 ) 2004年6月9日
- 光陽市 ( 大韓民国 ) 2004年10月11日
- ジョホールバル ( マレーシア ジョホール州 ) 2006年7月
- トリノ ( イタリア共和国 ピエモンテ州 ) 2007年1月12日
- チミソアラ ( ルーマニア ) 2007年2月
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6,深圳の公共交通機関
飛行機:深圳宝安国際空港から中国各地へ。国際便も運行。現在は名古屋、関西国際空港にフライトあり。
船:蛇口フェリーターミナル、福永フェリーターミナルから香港、マカオなどへの便がある。
地下鉄: 4号線まで計画され、1,2号線が開通している。
鉄道:深圳駅から中国各地への便がでている。深圳駅は羅湖に所在。
長距離バス:福田、羅湖、南山、蛇口、布吉、銀湖などから中国各地への長距離バスが出ている。
市内路線バス:市内、特区外全域を網羅している。スリなどの犯罪に注意が必要。 |
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7.香港企業と深圳
1980 年代、香港内の高コストに悩んだ香港企業が目指したのは中国,広東省であった。香港の人々の多くはかつて広東省から難民として逃げてきたという経緯があり、香港がビジネスセンターとして成長する過程では、必ずしも広東省あるいは中国に資本投下するという意識はなかったが、 80 年代後半、資本リスクの小さい「委託加工方式」(現地工場を借り、設備を貸与、原材料を供給、製品を買い上げ、外貨=香港ドルで支払う)で大量の香港系製造業者が工場を広東省に移転した。香港の製造業者の九割は広東省に工場を構えたと言われている。この中には香港で長年経営ノウハウを積んだ日系、欧米系の企業も含まれているが、香港企業として登録されているため実数は不明である。
これらの企業は、香港から広東語の堪能な監督者・技術者を派遣し、財務をコントロールすることで、進出先工場の経営権を完全に掌握し、一方、中国側は雇用の爆発的拡大と外貨の獲得で大きな利益を得た。現地政府は土地の使用権の売却や税収で大きな収入を上げ、道路や港湾整備、工業団地の整備にも着手した。
労働者は次第に広東省外からも出稼ぎの形で供給されるようになり、90年代に入ってからは香港系企業が広東省で雇用している中国人労働者は三百万人以上に達したと推定されていた。
この間、香港と中国(広東省)の関係は史上例を見ない、特別な「クロスボーダー経済圏」を形成するに至った。すなわち、香港を「本社」とし、広東省を「工場]とする関係、香港を「経済的首都」、広東省を「地方」とする関係である。香港には、一部の仕上げや特殊加工を行う部門、あるいは「香港製」ブランドを付けるためにわざわざ香港で行う一部の工程以外の工場労働者はいなくなり、本社サービススタッフフのみが残った。香港で財務、流通、技術をコントロールし、広東省の安い労働力を使用して、極めて低廉なコストで生産を行う。これにより、香港製造業の競争力は保たれ、かえって強化された。この方式を裏で支えたのは、香港居住者が自由に国境を行き来できるのに対し、中国人は基本的に香港に来られない(中国から香港への単純移民に対する許可は一日当たり百五十人のみ)という移民制度上の仕組みである。労働力の流通がないため、香港はスラム化せず、また広東省の賃金は低く抑えられることになる。香港返還後においても、移民を規制する制度は引き続き維持されている。
香港企業が進出したのは広東省の農村であって、当初中国側が期待した深セン経済特区ではなかった。深センには八○年代に香港企業を当て込んだビルばかりが林立し、「中身がない」と批判された。香港企業は、中央政府が注目し、法制度も比較的整っている深センを避け、一枚の契約で事業が成立する農村部での交渉を好んだ。しかし、広東省で事業が盛んになると、深センには中継地点としての役割が生じ、また、香港に進出したくても認可されない中国企業や地方政府の事務所が大挙して深センを利用することになった。こうして、深センは「中国人のビジネスセンター」として今日にいたるまで発展してきた。 |
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8.グレーター香港(グレーター・パールリバー・デルタ) とは
香港企業の深センをはじめとする広東省進出で生じた重要な変化は、工場の進出といった香港の「ハードウエア」が広東省に広まったことだけではなく、香港という「ソフトウェア」、すなわち香港的なビジネススタイル、ライフス夕イル、ファッションなどの「香港的なものが広まったことにあるとされる。
深センは地理的、経済的な関係もあり、中国でもっとも香港の影響を受けている都市である。香港ドルの 30 %は広東省で流通していると言われ、深センの銀行では香港口座の香港ドルを引き出すこともできる。広東省も限らず、中国の主要都市では香港の業者が地上局を多く設置し、香港から持ち込んだ携帯電話(欧州 G S M 方式)で日本なとどへ国際通話をかけることができる(香港で料金支払い)
こうした香港と広東省の関係は「グレーター 香港 」もしくは「クレーターパールリバーデルタ」呼ばれている。香港は 8 千万人の人口を有する経済的ヒンターランド(後背地)を有することを示している。香港企業の進出に当初は不快感を表明していた広東省政府も、 90 年代以降は香港企業の投資を前提とし、これにインフラを提供することで共存共栄を図るという方向に転換して現在に至っている。 |
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9,香港ドル経済圏の拡大
香港人の深圳への入境は増加の一途をたどる。ビジネスや親類訪問に加えて、レジャーや買い物のために出かける人が増えている。香港住民の中国訪問者数は年間 2000 万人以上にのぼりこの 9 割が陸路で深圳に訪れる人々である。
これにともない、香港ドルも広東省全域で流通している。広東省の GNP が香港の半分であるから、広東省における香港ドルの影響が伺える。 |
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10.委託加工(来料加工)の仕組み
1)香港の企業(事実上の本社)がマーケティング、注文をとる。
2)広東省の委託加工工場の機械設備を香港本社がすえつける。この機械設備は香港企業が所有し、減価償却も可能 。
3)香港本社が広東省の委託加工工場のために原材料、部品を調達、至急する。ただそ原材料、部品の代金はチャージしない。
4)香港本社が賃金、水道、電気、地代などを委託加工工場に外貨(香港ドル)で支払う。ただし、工場の運営、管理のために香港の本社は工場長やマネージャーを送り込む。
5)委託加工工場は完成品、反感製品を全量香港の本社に出荷する。
6)最終顧客からの売上代金と委託加工に要した費用の差額はすべて香港企業の利益。 |
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11,香港スタイルの流入と影響 香港住民の大部分は広東省を始めとする大陸からの難民か、その子孫というのが定説である。かつて中国に「文化大革命」(六六~七六年)の嵐が吹き荒れた頃の香港市民は少なからず、不信感を抱き、一般的に香港は中国大陸と貿易以外のビジネス、特に資本リスクを負うようなビジネスは避けているのが実情であった。
しかし、来料加工による進出は必然的に香港人の広東省での滞在が徐々に一般化し、現在はかなりの香港人が日常的に国境を行き来している。そのため、深センは香港の影響をもっとも受けている地域とされている。ビジネススタイルからライフスタイルまでかなり香港式のやり方が市民に根付いており、中国と他の地域とは異なった様相を呈している。 |
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